治療前

患者様は19歳ですが、虫歯が主訴で来院されました。中学生の頃に虫歯が多発した影響で、神経のない歯が多数あり、未処置歯も多数みられ、口腔内の虫歯リスクは非常に高い状態でした。歯並びや噛み合わせの問題が大きな原因だと考えられました。今現在の噛み合わせの状態で虫歯の治療だけをしても根本的な解決にはなりません。患者様が学生だったため、親御さんも一緒に説明し、矯正治療を含めた総合的な治療を提案しました。
SN-MP(“あごの形””顔の長さ”)が39.7であることからアベレージアングルと診断できます。
また、ANB(上下顎の前後的位置関係)が5.1であることからSkeletal Ⅰ級と診断でき、骨格的には問題はみられません。
第一大臼歯と犬歯の関係からはAngleⅡ級と診断でき、下顎の歯列に対して上顎の歯列が前方にずれている噛み合わせの状態であります。
U1 to A-pog及びL1 to A-pogが共に標準値を大きく上回っていることから、上下顎共に歯列が前突していることがわかります。
Steinerの分析とSETUP模型分析により、最終的な歯列のゴールの設定を行いました。上下前歯の位置は、上顎前歯、下顎前歯ともに3mm舌側に移動させて排列します。上顎両側臼歯は近心に2.5mm、下顎右側臼歯は近心に3.5mm、下顎左側臼歯は近心に4.5mm移動させます。
最終的な上下顎前歯関係として、オーバージェット(上下顎前歯の前後的位置関係)2.5mm、オーバーバイト(上下顎前歯の垂直的位置関係)2.5mmに設定しました。
上下顎ともに歯列が前突しているため前歯の位置を舌側に移動させる設定としましたが、そのスペースを作るために抜歯が必要となります。一般的な上下顎前突の矯正治療においては、4番(第一小臼歯)抜歯を選択する場合が多いですが、今回のケースにおいては5番(第一小臼歯)抜歯を選択しました。なぜならば、右上5番と左下5番に神経を抜いた歯(失活歯)があり、4番は全て神経が残っている歯(生活歯)であったため、予後の悪い失活歯を抜歯部位としました。通常、4番抜歯ではなく5番抜歯を選択すると、治療期間が伸びてしまう事があります。この点は、アンカースクリューという細いネジのような器具を用いて、歯を効率的に動かし、トータルの治療期間を短縮する事で解決できました。
今後のカリエスリスクを下げるために、歯列矯正後は保険治療で行った虫歯の治療による被せ物をやりかえる予定です。
歯列矯正後、カリエスリスクを下げるために補綴物のやりかえを提案しました。保険治療による銀歯は、セラミックと比べると経年劣化しやすい特徴があります。被せ物と歯の間が虫歯になってしまったり、数年後には外れてしまったりします。一方、セラミックの被せ物は、見た目も美しく審美性に優れているのに加えて、銀歯よりも汚れがつきにくく、虫歯になりにくいという特徴があります。そのため、虫歯のリスクをさげ、歯を長持ちさせることができます。
本症例の治療前の口腔内は、前歯が咬んでないことにより、臼歯部の負担が大きく、噛み合わせの力で奥歯が壊れている状態でした。また、噛み合わせで壊れた歯の虫歯の進行は早く、早期に虫歯が神経に達し、19歳とお若いにも関わらず、失活歯(神経の無い歯)が6本ある状況でした。治療前の状態を放置していれば歯を失い、20代や30代で入れ歯やインプラントが必要になったかもしれません。
本症例は、咬合の問題と失活歯の存在により、治療計画立案が極めて難しいケースとなりました。患者年齢が19歳と若く、歯が60年以上壊れない口腔環境を目指す必要がありました。そこで、矯正によって、歯が壊れてきた根本の原因を改善し、奥歯が壊れないように前歯の噛み合わせ(アンテリアガイダンス)を確立を目指しました。さらに、矯正治療に伴う抜歯は、長期予後が悪い失活歯を選択し、 残った失活歯についても壊れるリスクを下げるため、不良補綴物を外して根管治療(神経の治療)を行い、ジルコニアによる補綴治療を計画しました。実際の治療においては、矯正治療に耐えられるように神経の治療、虫歯の治療をしっかり行い、その後矯正治療をスタートさせました。
こうした綿密な治療計画と細かい治療との積み重ねの結果、安定した噛み合わせと、審美的な歯並びの両立が可能となりました。患者様にも大変ご満足頂きました。残った失活歯については、今後もメインテナンスにて、注意深く見守っていき、問題が起きたら早期介入で対応していく予定です。
初診の時は学生だった患者様が、学生の間に矯正治療と虫歯治療に頑張って通って頂いた結果、より良い口腔環境で社会人と成られました。今後のご活躍を心より応援しております。